さて、ディナゲストです。
偽閉経状態にするらしい、黄体ホルモンです。
飲み始めてまだ二週間少し。現在の状況を書いておこうと思います。
この薬の最大の副作用は、不正出血と言われています。
偽閉経状態ですから、通常の月経は完全に止まります。それを聞いたときはラッキー! と思いました。とにかく月経時が地獄のような苦しみでしたから、それから解放されるのはとても嬉しい。
(すでに月経時でなくても四六時中腹痛がありましたが、それでもあの地獄から思えばずいぶんマシです)
でもディナゲストの不正出血は、激しいらしい。と脅されました。
ひどい人だと生理二日目くらいの大量出血がひと月ほど続いて貧血で入院するほどだということです。
そうなると当然治療にならないので、投薬を断念せざるを得ない。長く飲まないと効果が出ない薬なので、不正出血ひどかったら他の治療法を模索するしかないですね、という話でした。
で、わたしの場合ですが、不正出血と言えない程度の出血があります。(まあ不正出血なんですが)
生理の最終日がずーーーっと続いてる感じです。でもこんなの、痛くなくなることを思えば、全然たいしたことありません。なので不正出血については今のところ、問題なし。
わたしの場合はその他のほうが大変です。
ホルモン治療なので、「これ」と言えない不調が続きます。
まず体温。わたし、朝はだいたい35.5℃くらいです。毎日検温してますが、今もそうです。
でも夜は毎日、37.5℃になります。検温は22時にしていますが、どうも20時を境い目にして上がってるぽい。
というのは、毎日20時を過ぎたあたりで、尋常じゃない眠さに襲われるからです。眠い。眠いのにこんな時間に主婦は眠れないので起きていますが、動きはずいぶんゆるゆると、緩慢になります。
で、21時ごろからまた眠気がどこかに行って、だるさだけが残ります。
ただ、微熱は前回手術する前にも同じように出てましたから、炎症から来ているだけかもしれず、副作用ではない可能性もけっこうありますね。飲み続けて下がるようなら冤罪です。
次に、これが自分にとって深刻なのですが、イライラしたり、ささいなことで落ち込んだり、感情の上下が激しいのです。
わりと何でも許せる心の広い人間なのですが(たぶん)、いつもなら「そこまで怒らんでも」ということで、大声出しそうになるくらい瞬間的に腹立ちが臨界点に達します。
かと思うと、だれかの言った、まったく悪意のないひと言が気になって気になって、「わたしは人に迷惑ばっかりかけてるから、いないほうがマシだ。もうだれにも会いたくない」という憂鬱な気分に襲われます。
どちらも過ぎてしまえばアホみたいな極端な感情ですが、まっただ中にいるときはどうしようもありません。
幸い、今はこれらの感情に支配されっぱなしということがありませんから、まあ通りすぎるのをじっと待つことができます。でももしこういう時間が増えた場合、自分では冷静に「通りすぎるまで待とう」と思えませんので、だれかに決定的な迷惑をかけるのではないかと気が気ではありません。
あと付随して不眠。もともと寝付きも悪いし妙な夢ばっかり見てるんですが、最近は加えて早く目が覚めてそこから眠れなくなりました。気が立ってるんですかね。
そこでハルシオンを処方してもらいました。改善するでしょう。
と、ディナゲストのせいかと思われるホルモンバランスによる不調を挙げましたが、実はこの2、3日でかなり良くなっています。
バランス取るように自分の体が頑張ってくれたんだなあ、と感じます。
腹痛もだいぶんマシになりまして、ロキソニンさえ飲んでいれば、日中の熱のない時間帯はじゃんじゃん活動的に動けます。
ご飯食べたあとだけ、たぶん腸との癒着のせいで痛みが増しますが、こらえていると通り過ぎます。ご飯の一回ずつの量を減らして対応しています。ついでに痩せたらいいな。
というわけで、光明が見えてきました。まずまず順調といっていいのではないでしょうか。ただ前回の手術後1年半の「これが健康というものか!」という爽快さが忘れられないわたしとしては、できたら手術でスッキリしたいなあ、とも思います。
一応セカンドオピニオンのお願いをしたので、受診して方針が異なるようなら、またそのとき考えようかな。
境界百鬼夜行
橘雪子が妖怪と文学と音楽を愛しながら、マイペースに書いています。
2013年10月26日土曜日
2013年10月20日日曜日
卵巣日記・再発編1
2年前に手術した卵巣チョコレート嚢腫・子宮腺筋症が再発した。
半年前から月経痛がひどくなっていて、「こりゃできてるな」と薄々勘付いていたが、婦人科を受診するというのは億劫なもので、ついつい鎮痛剤でごまかして済ませていたのだった。
ところが2ヶ月前の月経時には帰宅後一歩も動けない、鎮痛剤もまったく効かない、といったことがあり先月に至っては月経終了後高熱が3日下がらないという始末。
2年前もお腹を開けてみたら腹腔に内膜症があって、これが腹膜炎状の症状を起こして激痛&発熱の主な原因であったとわかったのだった。おそらく今回もそうだろうし、なんせ痛くて痛くて熱も高くて、もう誰でもいいから助けてくれという思いで前回手術した総合病院に飛び込んだ。
手術で全部取るしかない、と思っていたし、欲しくてしょうがなかった2人目の子供を諦めてでも、来月も来るに違いないおそろしい痛みから逃れたい、と思っていた。
MRIの結果、左卵巣は多房性チョコが5センチ、右は1センチ、子宮腺筋症もあり、2年前とほぼ同じ状態になっていた。子供欲しかったから残しておいた卵巣が、裏切りやがったわけだ。
前回は「5センチ超えたら茎捻転リスクが一気に高まるから手術!」と言われていたので今回も取ると思っていたら、
「前回の手術も癒着がひどくて大変だったので、今回できるだけ手術は避けたいですねえ」
と言われた。大変だったのは手術した先生であって、わたしは手術後1年半、下腹部痛と無縁の、とても快適な日々を送ってたんですけど。と思ったら
「最近副作用も軽く、痛みに作用するホルモン治療ができたので、それを試してみましょう」とのこと。
なんでも、その薬はそれまでのホルモン治療とは違い、男性化や骨粗鬆症のリスクが低く、長期間飲みつづけても安心。というより長期間飲む方が効果が高いという。
薬はディナゲストという名前。薬代が高い以外は、いいことばっかり!(不正出血があるだろうけど)みたいな説明だったので、ひとまず飲んでみることにした。
無敵の救世主と思われたが、ディナゲスト投薬はホルモン治療。
ホルモン治療ってのはやはり、いろんな体の変調をもたらす。
その内容は次回。
2012年9月8日土曜日
フィリップ・マーロウとクリストファー・ロビン
久しぶりの更新です。
8月の北海道旅行、そして末の締切がおわり、ゆっくり(とはいえませんが)本を読む時間ができました。
北海道で、とても大切な友人と会って飲む機会を得ました。
わたしたちはどちらも小説を書いていて、お互いの作品を何作か読んでいて、(たぶん)お互いに「なかなかやるなあ」と思っているような仲です。
そんな二人が会うのだから「愛読書を交換しよう」という提案を、彼がしてくれました。
わたしはすっごく困って迷った挙句、やはりこれだけ好きだ好きだと言ってるのだし、と高橋源一郎「官能小説家」を持って行きました。
8月の北海道旅行、そして末の締切がおわり、ゆっくり(とはいえませんが)本を読む時間ができました。
北海道で、とても大切な友人と会って飲む機会を得ました。
わたしたちはどちらも小説を書いていて、お互いの作品を何作か読んでいて、(たぶん)お互いに「なかなかやるなあ」と思っているような仲です。
そんな二人が会うのだから「愛読書を交換しよう」という提案を、彼がしてくれました。
わたしはすっごく困って迷った挙句、やはりこれだけ好きだ好きだと言ってるのだし、と高橋源一郎「官能小説家」を持って行きました。
彼は、チャンドラー「さらば愛しき女よ」をプレゼントしてくれました。
チャンドラーといえば、大学生の頃付き合っていた人がアメリカ文学を専攻していて、その影響でアホほどアメリカの小説を読んだときに「長い別れ」を読みました。
でもアホほど読んだせいで、そのころ読んだ本の内容をほとんど覚えていないという、なんとも情けない、そしてもったいない結果に。
当時ほんとにすごい、と思ったのはアリス・ウォーカー「カラー・パープル」くらいでして、読む力もあまりなかったのでしょう、正直いうと、チャンドラーといえば「春樹のお気に入り」という印象しか残っていませんでした。
ところが。
「さらば愛しき女よ」は、冒頭から主人公のフィリップ・マーロウがかっこよくてしょうがない。登場人物がみんないきいきしていて、悪い男も悪い女も出てくるのですが、みんな好きになってしまう。
途中マーロウがよだれたれそうないい女に「フィル」と名乗るところでわたしはとろけてしまって、ああ、こんな男にだまされてみたいもんだ、と思ったのでした。
仕事と自分の方針(生き方)に忠実な男。最後に彼が見せる感傷。
あ、これはバンコランだな。
「長い別れ」を読んだのに彼に恋をしなかったわたしはメクラだった。と強く反省してしまったのでした。
こういう機会がなければ、もしかしたら一生読まなかったかも。と思うと、怖いわあ。
さて「さようならクリストファー・ロビン」についても書こうと思ってたけど、また改めるとします。
小説って、ほんとにすてきだ。
チャンドラーといえば、大学生の頃付き合っていた人がアメリカ文学を専攻していて、その影響でアホほどアメリカの小説を読んだときに「長い別れ」を読みました。
でもアホほど読んだせいで、そのころ読んだ本の内容をほとんど覚えていないという、なんとも情けない、そしてもったいない結果に。
当時ほんとにすごい、と思ったのはアリス・ウォーカー「カラー・パープル」くらいでして、読む力もあまりなかったのでしょう、正直いうと、チャンドラーといえば「春樹のお気に入り」という印象しか残っていませんでした。
ところが。
「さらば愛しき女よ」は、冒頭から主人公のフィリップ・マーロウがかっこよくてしょうがない。登場人物がみんないきいきしていて、悪い男も悪い女も出てくるのですが、みんな好きになってしまう。
途中マーロウがよだれたれそうないい女に「フィル」と名乗るところでわたしはとろけてしまって、ああ、こんな男にだまされてみたいもんだ、と思ったのでした。
仕事と自分の方針(生き方)に忠実な男。最後に彼が見せる感傷。
あ、これはバンコランだな。
「長い別れ」を読んだのに彼に恋をしなかったわたしはメクラだった。と強く反省してしまったのでした。
こういう機会がなければ、もしかしたら一生読まなかったかも。と思うと、怖いわあ。
さて「さようならクリストファー・ロビン」についても書こうと思ってたけど、また改めるとします。
小説って、ほんとにすてきだ。
2012年2月13日月曜日
年末のおせち
ずいぶん久しぶりに書ける気持ちになったので、書きます。
年始からわりと忙しく、書きたいと思いながら時間ばかりが経ちました。
さて、わたしの夫は老舗料亭の支店の料理長です。
本店で下っ端のころ、わたしもそこで働いていました。
料亭では季節ごとの行事が厳格に決まっていて、たとえば七夕には着物を着た人形(ひとがた)をたくさん、数日かけて作ったり、2月になれば寝殿造りのおひな様を飾ったり、そういうことを業務として行ないます。
わたしは日常の接客やブライダルなんかも好きでしたが、この季節ごとにしつらいを変えたり、神様をお迎えする準備をしたり、ということが大好きでした。
人間が自然と(それも日本らしい四季と)いっしょに暮らしているんだということを実感できるからです。
それはともかく、最も大きなイベントはやはり、年末年始でした。
今は知りませんがわたしの居た頃、本店では27日に営業を終え、あとはお正月を迎える準備にかかり切ります。
枝を剪定して餅花を作るグループ、餅飾りを作るグループ、各部屋のしつらいを変え、松を飾るグループ、大掃除のグループ、そしておせち。
百貨店で買えるおせちは、3万円、5万円、10万円、15万円、がありました。
3万円は支店、5万円以上は本店で作っています。
(5万円はわたしたちが詰めます。10万円は調理場が詰めます。15万円と、ときどき特注が入る20万円のおせちは、総調理長が詰めます)
29日までは少人数で調理場の作ったものをグラムごとにわける作業。
そして29日朝から、従業員全員とその日だけのアルバイトで一斉に重箱に詰めます。
毎年だいたい500くらい詰め、風呂敷に包んで箱に入れて配送業者のトラックに乗せるまで、約12時間くらいの作業です。
わたしはこれが、とても好きでした。
イベント感が楽しいというのと、普段絶対できない盛りつけ(のまねごとみたいなもの)ができるからです。
老舗料亭はすごいなあ、と感心したのが、風呂敷包みに長けた人というのがいて(着物をきれいに着られる人ならできます)、バイトなんかに触らせず、その人たち(5人くらい)だけで500ほどあるおせちを美しく包んでいくのです。
その他の人たちは、箱に入れたり、配送先ごとに仕分けしたり、その箱に宛先シールを貼ったり、という「誰でもできること」しかやりません。
これは効率という点では、よくない。でもきれいに仕上がらないくらいなら、効率のほうを迷いなく捨てる。これが老舗料亭の凄みだと思います。
(だれだってキレイなほうがいいと思うのですが、現実問題、なかなか効率を捨てる勇気は出ないものです。たくさんの時給アルバイトを雇っている場合は特に。だいたい妥協できるギリギリ真ん中あたりを落としドコロにしてしまうでしょう)
これはわたしがこの料亭に就職しようと決めた点でもあります。
就職博みたいなものに行ったとき、ほかの企業は殺到する新卒たちを捌くため、説明はほどほどに、流れ作業(わたしから見て、ですが)のような対応をしていました。
ところがこの料亭は、いくら列が長くなろうとも、目の前の新卒一人ずつに、大変長い時間をかけて説明をしていました。中には待ち切れずに違うブースに去ってしまう新卒もいました(たくさん)。でも説明時間はいっこうに短くなりませんでした。
わたしはそれに大変感動して、もうここしかない、と思ったのです。
職人の中で育ったわたしには、その(普通なら鈍臭い、と罵られるような)対応が、とても誠実で職人を抱える企業のあるべき姿に見えたのです。
ところで、去年の年末、夫の支店で3万円のおせちを作ることが決まりました。
それまでその店舗では、やったことがなかったのですが、注文数が多かったために作ることになったのです。
夫は何日も前からほとんど寝ないで(というのも、夫の店は年末年始も休みがないため、通常の業務をしながらおせちの仕込みをしなければいけなかったので)仕事をしていました。
夫がそうなのですから下っ端の板前さんなんかは、帰る時間もなかったと思います。
わたしはおせちの詰め込み作業が好きだったので、久しぶりにアルバイトとして参加することにしました。
詰め込み作業は楽しく進みました。
アルバイトの人たちも丁寧に仕事をしていて、気分のいい作業でした。
ところが、すべて詰め込みが終わってフタをした途端、信じられないことが起こりました。
作業をする人たちの意識の中で「板前さんたちが丁寧に作ったおせち(食べる人たちにとっては一つ一つ大切なもの)」が、「大量生産した商品」になってしまったのです。
主に、普段その店舗で仕事をしているアルバイトたちに顕著でした。
フタをした途端、いかに効率よくこの作業を終えるか、という意識に支配されてしまったようなのです。
アルバイトのリーダーみたいな女性が仕切りだし、ごく機械的に風呂敷で包む人たちと、箱に詰める人たちに分けたのです。
着物を着る機会の多いパートさん(アルバイト)と、そうではないパート(アルバイト)を知っているのはこのリーダーしかいません。風呂敷をきれいに包めるのは、前者です。
わたしは一介のアルバイトなのですが、ちょっと見ていられず、夫とわたしの二人で風呂敷の包みかたをチェックしてから箱詰めに回すように提案しました。
というのも、案の定、というか当たり前なのですが、当日だけのアルバイト(大学生が多い)が結んでいるため、だいたい結びかたがひどく、普通の固結びしてるものや、結び目が歪んでいるものがほとんどだったからです。(悪いのは当日バイトではありません、作業させる側が悪いのです)
こんなものを3万円払ったお客さんに渡せるか、とわたしは思うのです。
今年のお正月は奮発して、料亭のおせちよ、わーい、と言って箱を開けて、最初に目に入る風呂敷包みが汚かったら、どんなにガッカリするだろう、と思うのです。
その視点が、この店舗の従業員にないのか、と思うとゾッとします。
まして、調理場の人たちはほとんど寝ないで丁寧な仕事をしているのです。
それを全部無駄にするつもりか、と心底腹が立ちました。
さて表向き提案は採用されたのですが、「うるさいこと言うやつがいるから、気の済むようにやらせておけ」という感じで、わたしたちが結びなおしたり検品している横で、わたしたちの目を通さずにさっさと箱詰めしているのです。
夫が一喝すればいいのですが、箱詰め、運送に入ったときから責任者は移っており、夫はできる限り結び目をチェックしながら、翌日の仕込みに入る調理場の指揮も執らねばならず、とても無理でした。
思い出すだけで腹が立ちます。
そういうことに思いを寄せることができない連中が夫の料理を運んでいるのかと思うと、いらいらします。
本店ではあり得ない。効率だけを追うならファミレスで働けばいいのに、と思います。
仲居は料理を活かすことも殺すこともできます。
いくら手をかけた料理でも、無造作に置けばただのエサです。
手の掛け方を尊敬して、いちばん上手く伝えられるようにお客さんに届けるのが仲居の仕事だと思います。
飛躍しますが、それはものを書くことと同じだと思うのです。
すてきな思いつきも、伝えかたが拙ければうまく届きません。理解してもらえません。
発想が料理だとしたら、仲居は技術です。
職人が手をかけた土瓶蒸しはめちゃめちゃおいしいですが、出しかたによっては、居酒屋の土瓶蒸しの方が値打ちがあるでしょう。
とりとめがなくなりました。
わたしは職人の仕事がないがしろにされることが、とってもきらいです。
うわべの効率を追って、それがスマートなやりかただと思っている連中もきらいです。(もちろん効率こそが業務の中核になっている場合は別です、当たり前ですが)
わたしのそういう点はちょっと神経質すぎるかもしれないとも思います。
職人の家に生まれて職人の夫を持っているせいで、身内びいきに過ぎるかもしれないとも思うのですが。
年始からわりと忙しく、書きたいと思いながら時間ばかりが経ちました。
さて、わたしの夫は老舗料亭の支店の料理長です。
本店で下っ端のころ、わたしもそこで働いていました。
料亭では季節ごとの行事が厳格に決まっていて、たとえば七夕には着物を着た人形(ひとがた)をたくさん、数日かけて作ったり、2月になれば寝殿造りのおひな様を飾ったり、そういうことを業務として行ないます。
わたしは日常の接客やブライダルなんかも好きでしたが、この季節ごとにしつらいを変えたり、神様をお迎えする準備をしたり、ということが大好きでした。
人間が自然と(それも日本らしい四季と)いっしょに暮らしているんだということを実感できるからです。
それはともかく、最も大きなイベントはやはり、年末年始でした。
今は知りませんがわたしの居た頃、本店では27日に営業を終え、あとはお正月を迎える準備にかかり切ります。
枝を剪定して餅花を作るグループ、餅飾りを作るグループ、各部屋のしつらいを変え、松を飾るグループ、大掃除のグループ、そしておせち。
百貨店で買えるおせちは、3万円、5万円、10万円、15万円、がありました。
3万円は支店、5万円以上は本店で作っています。
(5万円はわたしたちが詰めます。10万円は調理場が詰めます。15万円と、ときどき特注が入る20万円のおせちは、総調理長が詰めます)
29日までは少人数で調理場の作ったものをグラムごとにわける作業。
そして29日朝から、従業員全員とその日だけのアルバイトで一斉に重箱に詰めます。
毎年だいたい500くらい詰め、風呂敷に包んで箱に入れて配送業者のトラックに乗せるまで、約12時間くらいの作業です。
わたしはこれが、とても好きでした。
イベント感が楽しいというのと、普段絶対できない盛りつけ(のまねごとみたいなもの)ができるからです。
老舗料亭はすごいなあ、と感心したのが、風呂敷包みに長けた人というのがいて(着物をきれいに着られる人ならできます)、バイトなんかに触らせず、その人たち(5人くらい)だけで500ほどあるおせちを美しく包んでいくのです。
その他の人たちは、箱に入れたり、配送先ごとに仕分けしたり、その箱に宛先シールを貼ったり、という「誰でもできること」しかやりません。
これは効率という点では、よくない。でもきれいに仕上がらないくらいなら、効率のほうを迷いなく捨てる。これが老舗料亭の凄みだと思います。
(だれだってキレイなほうがいいと思うのですが、現実問題、なかなか効率を捨てる勇気は出ないものです。たくさんの時給アルバイトを雇っている場合は特に。だいたい妥協できるギリギリ真ん中あたりを落としドコロにしてしまうでしょう)
これはわたしがこの料亭に就職しようと決めた点でもあります。
就職博みたいなものに行ったとき、ほかの企業は殺到する新卒たちを捌くため、説明はほどほどに、流れ作業(わたしから見て、ですが)のような対応をしていました。
ところがこの料亭は、いくら列が長くなろうとも、目の前の新卒一人ずつに、大変長い時間をかけて説明をしていました。中には待ち切れずに違うブースに去ってしまう新卒もいました(たくさん)。でも説明時間はいっこうに短くなりませんでした。
わたしはそれに大変感動して、もうここしかない、と思ったのです。
職人の中で育ったわたしには、その(普通なら鈍臭い、と罵られるような)対応が、とても誠実で職人を抱える企業のあるべき姿に見えたのです。
ところで、去年の年末、夫の支店で3万円のおせちを作ることが決まりました。
それまでその店舗では、やったことがなかったのですが、注文数が多かったために作ることになったのです。
夫は何日も前からほとんど寝ないで(というのも、夫の店は年末年始も休みがないため、通常の業務をしながらおせちの仕込みをしなければいけなかったので)仕事をしていました。
夫がそうなのですから下っ端の板前さんなんかは、帰る時間もなかったと思います。
わたしはおせちの詰め込み作業が好きだったので、久しぶりにアルバイトとして参加することにしました。
詰め込み作業は楽しく進みました。
アルバイトの人たちも丁寧に仕事をしていて、気分のいい作業でした。
ところが、すべて詰め込みが終わってフタをした途端、信じられないことが起こりました。
作業をする人たちの意識の中で「板前さんたちが丁寧に作ったおせち(食べる人たちにとっては一つ一つ大切なもの)」が、「大量生産した商品」になってしまったのです。
主に、普段その店舗で仕事をしているアルバイトたちに顕著でした。
フタをした途端、いかに効率よくこの作業を終えるか、という意識に支配されてしまったようなのです。
アルバイトのリーダーみたいな女性が仕切りだし、ごく機械的に風呂敷で包む人たちと、箱に詰める人たちに分けたのです。
着物を着る機会の多いパートさん(アルバイト)と、そうではないパート(アルバイト)を知っているのはこのリーダーしかいません。風呂敷をきれいに包めるのは、前者です。
わたしは一介のアルバイトなのですが、ちょっと見ていられず、夫とわたしの二人で風呂敷の包みかたをチェックしてから箱詰めに回すように提案しました。
というのも、案の定、というか当たり前なのですが、当日だけのアルバイト(大学生が多い)が結んでいるため、だいたい結びかたがひどく、普通の固結びしてるものや、結び目が歪んでいるものがほとんどだったからです。(悪いのは当日バイトではありません、作業させる側が悪いのです)
こんなものを3万円払ったお客さんに渡せるか、とわたしは思うのです。
今年のお正月は奮発して、料亭のおせちよ、わーい、と言って箱を開けて、最初に目に入る風呂敷包みが汚かったら、どんなにガッカリするだろう、と思うのです。
その視点が、この店舗の従業員にないのか、と思うとゾッとします。
まして、調理場の人たちはほとんど寝ないで丁寧な仕事をしているのです。
それを全部無駄にするつもりか、と心底腹が立ちました。
さて表向き提案は採用されたのですが、「うるさいこと言うやつがいるから、気の済むようにやらせておけ」という感じで、わたしたちが結びなおしたり検品している横で、わたしたちの目を通さずにさっさと箱詰めしているのです。
夫が一喝すればいいのですが、箱詰め、運送に入ったときから責任者は移っており、夫はできる限り結び目をチェックしながら、翌日の仕込みに入る調理場の指揮も執らねばならず、とても無理でした。
思い出すだけで腹が立ちます。
そういうことに思いを寄せることができない連中が夫の料理を運んでいるのかと思うと、いらいらします。
本店ではあり得ない。効率だけを追うならファミレスで働けばいいのに、と思います。
仲居は料理を活かすことも殺すこともできます。
いくら手をかけた料理でも、無造作に置けばただのエサです。
手の掛け方を尊敬して、いちばん上手く伝えられるようにお客さんに届けるのが仲居の仕事だと思います。
飛躍しますが、それはものを書くことと同じだと思うのです。
すてきな思いつきも、伝えかたが拙ければうまく届きません。理解してもらえません。
発想が料理だとしたら、仲居は技術です。
職人が手をかけた土瓶蒸しはめちゃめちゃおいしいですが、出しかたによっては、居酒屋の土瓶蒸しの方が値打ちがあるでしょう。
とりとめがなくなりました。
わたしは職人の仕事がないがしろにされることが、とってもきらいです。
うわべの効率を追って、それがスマートなやりかただと思っている連中もきらいです。(もちろん効率こそが業務の中核になっている場合は別です、当たり前ですが)
わたしのそういう点はちょっと神経質すぎるかもしれないとも思います。
職人の家に生まれて職人の夫を持っているせいで、身内びいきに過ぎるかもしれないとも思うのですが。
2011年11月28日月曜日
読むこと、書くこと。
「ルー=ガルー2」京極夏彦
おもしろかったです。
京極さんのシリーズ物は回を重ねるごとにキャラが暴走しておもしろいんですが、今作も美緒がスゴいことに・・・。
舞台は「ルー=ガルー」と同じ、近未来。「姑獲鳥の夏」がそうだったように、シリーズ第一作は耽美で切なくて、かなしかった。登場人物のことが愛しかった。
今回は「語り過ぎ」ているから、論理的にはスッキリするけどあまり心には残らない。
小説って難しいな、と改めて思った。
いろんな読者がいる。
わたしみたいに、論理なんてどうでもよくて、ただ強く惹かれるシーンや言葉で作品を読む人もいるだろうし、論理的矛盾が少しでもあると先を読むことができない、という人もいる。共感できないとおもしろくない人も、紋切り型に嫌気がさす人もいる。
どの読み方が正しい、なんてことはない。だから書く時に、「だれに喜んでもらえる小説を書くのか」ということでいちばん悩む。
わたしは、わたしの読みたい小説を書きたい、と思っている。
どこにもない、わたしのためだけに書かれた小説を書きたい、と思っている。
そしてわたしのためだけに書かれた小説は、きっとだれかが喜ぶ小説のはずだ、と思っている。
でもわたしは、いったい何が読みたいんだろう、としょっちゅう迷う。
「わたし」と「だれか」が重なるときなんて、本当に来るんだろうか、と苦しくなる。
わたしがだれかに重なろうとしない限り、そんな瞬間はこないんじゃないだろうか、と思うから、どのように書くかを悩む。
わたしは書くとき、ひとりぼっちだ。
わたしだけじゃなく、言葉を書く人はみんな、ひとりぼっちだ。
だれにも共感されないかもしれない、だれもがそっぽを向くかもしれない、だれかを傷つけるかもしれない、すごい考え違いをしているかもしれない、わたしの記憶は全部うそかもしれない、言葉は何も伝えないかもしれない、うるさいだけかもしれない、いろんなことが来たり去ったりしている中で、わたしは書き始める。
いくらかの人たちに、作品が楽しみだと言ってもらえるようになった。
早く新作が読みたい、と言ってくれる人ができた。わたしにしか書けない、と言ってくれる人もできた。それが読みたいのだと。
「わたし」と「だれか」は一瞬、重なったのかもしれない。
だけど次に書く文章は、その「だれか」を決定的に傷つけてしまうかもしれない。
もう未来永劫、夢のような一瞬は来ないかもしれない。
ある人が、「書くときに、自分で自分を抱きしめなさい」と言ってくれた。
「そのときはあなたにしか、あなたを抱くことができない。だれも手伝えない。でもだれもいなくなっても、あなた自身はいなくならないから。あなたに抱きしめられている限り、あなたとあなたの作品は大丈夫だから」と。
それしかないのかな、と思っている。
書き上がった作品をだれかといっしょに抱きしめてあげたい、と思いながら、ひとりぼっちで書くしか。
おもしろかったです。
京極さんのシリーズ物は回を重ねるごとにキャラが暴走しておもしろいんですが、今作も美緒がスゴいことに・・・。
舞台は「ルー=ガルー」と同じ、近未来。「姑獲鳥の夏」がそうだったように、シリーズ第一作は耽美で切なくて、かなしかった。登場人物のことが愛しかった。
今回は「語り過ぎ」ているから、論理的にはスッキリするけどあまり心には残らない。
小説って難しいな、と改めて思った。
いろんな読者がいる。
わたしみたいに、論理なんてどうでもよくて、ただ強く惹かれるシーンや言葉で作品を読む人もいるだろうし、論理的矛盾が少しでもあると先を読むことができない、という人もいる。共感できないとおもしろくない人も、紋切り型に嫌気がさす人もいる。
どの読み方が正しい、なんてことはない。だから書く時に、「だれに喜んでもらえる小説を書くのか」ということでいちばん悩む。
わたしは、わたしの読みたい小説を書きたい、と思っている。
どこにもない、わたしのためだけに書かれた小説を書きたい、と思っている。
そしてわたしのためだけに書かれた小説は、きっとだれかが喜ぶ小説のはずだ、と思っている。
でもわたしは、いったい何が読みたいんだろう、としょっちゅう迷う。
「わたし」と「だれか」が重なるときなんて、本当に来るんだろうか、と苦しくなる。
わたしがだれかに重なろうとしない限り、そんな瞬間はこないんじゃないだろうか、と思うから、どのように書くかを悩む。
わたしは書くとき、ひとりぼっちだ。
わたしだけじゃなく、言葉を書く人はみんな、ひとりぼっちだ。
だれにも共感されないかもしれない、だれもがそっぽを向くかもしれない、だれかを傷つけるかもしれない、すごい考え違いをしているかもしれない、わたしの記憶は全部うそかもしれない、言葉は何も伝えないかもしれない、うるさいだけかもしれない、いろんなことが来たり去ったりしている中で、わたしは書き始める。
いくらかの人たちに、作品が楽しみだと言ってもらえるようになった。
早く新作が読みたい、と言ってくれる人ができた。わたしにしか書けない、と言ってくれる人もできた。それが読みたいのだと。
「わたし」と「だれか」は一瞬、重なったのかもしれない。
だけど次に書く文章は、その「だれか」を決定的に傷つけてしまうかもしれない。
もう未来永劫、夢のような一瞬は来ないかもしれない。
ある人が、「書くときに、自分で自分を抱きしめなさい」と言ってくれた。
「そのときはあなたにしか、あなたを抱くことができない。だれも手伝えない。でもだれもいなくなっても、あなた自身はいなくならないから。あなたに抱きしめられている限り、あなたとあなたの作品は大丈夫だから」と。
それしかないのかな、と思っている。
書き上がった作品をだれかといっしょに抱きしめてあげたい、と思いながら、ひとりぼっちで書くしか。
2011年11月26日土曜日
ずいぶんご無沙汰しましたが、信長の野望など
超絶忙しかったのですが、そんなことが書かない理由になるとは思っていません。
わたしの怠惰です。
さて今日はPCもご機嫌なので。
忙しいといいつつも、本は何冊か読みました。
「額田大王」井上靖
「関ヶ原」司馬遼太郎
「ルー=ガルー2」京極夏彦
いやあ、おもしろかった。
「関ヶ原」は再読ですが、つくづく現代のわたしたちの持つ戦国武将のイメージって司馬遼太郎によって作られたんだなあ、と思いました。
だって、「信長の野望」の武将イラストは司馬遼のイメージに他ならない(笑)。
(わたしの戦国武将知識は、ほとんどが「信長の野望」によるものです)
ところでわたしは、大人になるまで日本史の勉強をしなかった。
なにしろ高校3年生まで進学するとは思ってなかったため、勉強というものは日本史に限らずしたことがなかった。
受験すると決めて、国語と英語はあんまり勉強しなくてもできたから(これはひとえに、本を読むのが好きだったからです。天才だとか、そういう意味ではありません。念のため)、ひたすら日本史をやったのですが、このころの勉強というのはまったく身につかなかった。
前述の通り、わたしが国語・英語でほとんど何もせずに点をとれたのは、古文にしろ漢文にしろ英語にしろ、とにかく文字や文章を読むのが好きだったという病的な嗜好によるもので、もともと勉強して身に付くような素質はないわけです。
案の定、日本史は相当がんばったのに全然点が取れなかった。奇跡的に大学には合格したけれど、あとで教授に聞いたら「文章が書けたから」という理由だった。(二次試験は日本史も論述式だったため、ハッタリで長い文をそれらしく書いた)
いちばん悪いことは、日本史をおもしろいと思わなかった。あれだけ勉強したのに。
ところが、ですよ。
「信長の野望」。
日本のゲームというのは本当に優れてる。
ご存知のとおり、こんなおもしろいゲームはなかなかないのです。
武将になってとなりの国を奪っちゃう。暴力的に、近隣諸国を蹂躙できる。
ところが暴君は落ちぶれる。なんとこのゲームは内政もちゃんと行なわなければならないのです。
適材適所、自分についてきてくれる武将たちに仕事をさせる。下克上も起きる。いつも自分を律して、いい政治をしながら、軍事力の強化も怠らず、天下をとりにいく。
おもしろかった。
自然と、戦国時代に詳しくなった。興味も出た。司馬遼太郎を越えて、原典を読むほどに歴史がおもしろくなった。
こうなると、どんどん頭に入るわけです。
いかにわたしが普通に勉強できない人間かということなんだけど。
今やわたしは、はっきりと歴史好きです。歴史って物語なんだよね。今さら気付いたんだけど。人間なんだよね。
学校の勉強では、そんなの全然わかんないよね。わたしだけかな。
何が書きたかったのかなあ。
ほかにもっと書きたいことがあったのになあ。
そうそう、ショックだったこと。
わたしは夜中によく、はっきりした寝言を言ったり、体を動かしたりしてるらしいんだけど、それって睡眠障害なんだって!
だから昼間、こんなに眠いのか。
夢ばっかり見てる気がするしなあ。
また明日。
わたしの怠惰です。
さて今日はPCもご機嫌なので。
忙しいといいつつも、本は何冊か読みました。
「額田大王」井上靖
「関ヶ原」司馬遼太郎
「ルー=ガルー2」京極夏彦
いやあ、おもしろかった。
「関ヶ原」は再読ですが、つくづく現代のわたしたちの持つ戦国武将のイメージって司馬遼太郎によって作られたんだなあ、と思いました。
だって、「信長の野望」の武将イラストは司馬遼のイメージに他ならない(笑)。
(わたしの戦国武将知識は、ほとんどが「信長の野望」によるものです)
ところでわたしは、大人になるまで日本史の勉強をしなかった。
なにしろ高校3年生まで進学するとは思ってなかったため、勉強というものは日本史に限らずしたことがなかった。
受験すると決めて、国語と英語はあんまり勉強しなくてもできたから(これはひとえに、本を読むのが好きだったからです。天才だとか、そういう意味ではありません。念のため)、ひたすら日本史をやったのですが、このころの勉強というのはまったく身につかなかった。
前述の通り、わたしが国語・英語でほとんど何もせずに点をとれたのは、古文にしろ漢文にしろ英語にしろ、とにかく文字や文章を読むのが好きだったという病的な嗜好によるもので、もともと勉強して身に付くような素質はないわけです。
案の定、日本史は相当がんばったのに全然点が取れなかった。奇跡的に大学には合格したけれど、あとで教授に聞いたら「文章が書けたから」という理由だった。(二次試験は日本史も論述式だったため、ハッタリで長い文をそれらしく書いた)
いちばん悪いことは、日本史をおもしろいと思わなかった。あれだけ勉強したのに。
ところが、ですよ。
「信長の野望」。
日本のゲームというのは本当に優れてる。
ご存知のとおり、こんなおもしろいゲームはなかなかないのです。
武将になってとなりの国を奪っちゃう。暴力的に、近隣諸国を蹂躙できる。
ところが暴君は落ちぶれる。なんとこのゲームは内政もちゃんと行なわなければならないのです。
適材適所、自分についてきてくれる武将たちに仕事をさせる。下克上も起きる。いつも自分を律して、いい政治をしながら、軍事力の強化も怠らず、天下をとりにいく。
おもしろかった。
自然と、戦国時代に詳しくなった。興味も出た。司馬遼太郎を越えて、原典を読むほどに歴史がおもしろくなった。
こうなると、どんどん頭に入るわけです。
いかにわたしが普通に勉強できない人間かということなんだけど。
今やわたしは、はっきりと歴史好きです。歴史って物語なんだよね。今さら気付いたんだけど。人間なんだよね。
学校の勉強では、そんなの全然わかんないよね。わたしだけかな。
何が書きたかったのかなあ。
ほかにもっと書きたいことがあったのになあ。
そうそう、ショックだったこと。
わたしは夜中によく、はっきりした寝言を言ったり、体を動かしたりしてるらしいんだけど、それって睡眠障害なんだって!
だから昼間、こんなに眠いのか。
夢ばっかり見てる気がするしなあ。
また明日。
2011年10月1日土曜日
ちょっと調子がいい
PCがあやしいです。
ネット上で日本語入力ができません。
直接入力の半角文字は入力できるし、ワードなどには問題なく入力できるのですが(カーソルが飛んで行ったりしますから問題なく、というのは嘘ですが)、gmailや、このブログなどは一文字たりとも入力できません。
だからどうしても、という時にはワードに書いて、コピペして送信していました。
ところが今日、ちょっと調子がいいです。
今、直接入力しています。すごく久しぶりの感覚。
とても当たり前にしていたことなのに、できない時期が長いと、できたときにこんなに嬉しいのか、と思います。
なにごともそうですね。
わたしは長年ひどい生理痛に悩まされてきて、排卵後の高温期は高温すぎて37.5℃くらいになってしんどいし、月経一週間前から軽い腹痛が始まって、月経後2、3日経つまでロキソニン飲んでも前屈み、みたいな、今考えたら人間の生活じゃないよな、っていう日常を送っていました。
ところが7月に内膜症を一部残して取ってもらってからというもの、ほとんど痛みがなくなってびっくりしています。
生理中はさすがに多少仕事に差し障る程度の痛みがあるのですが、それも薬飲んだらまあ大丈夫だし、何より驚いたのは、前触れもなく出血することです。
あの、「さあ来るぞ、もう来るぞ」という痛みと不快感と微熱による長いイントロがなくなり、ボーカル先行でサビから始まる曲みたいな感じになりました。
けっこうびっくりする。
でも、考えてみれば中学、高校のころってそれが当たり前だったなあ。
脳みそはすぐに現状を「当たり前」化してしまって、実はモトに戻ってるだけなのに新鮮に感じたり、驚いたりできる。
よくできてるな、と思ったり、雑な作りだな、と思ったりします。
わたしは人より病的に忘れっぽいので、余計なのかもしれません。
そういえば、敬愛する水木大先生は最近、何度も行った場所でも「初めて来た!」と言って喜ぶそうですし、それが人生の幸福感につながっているそうです。
何度でも感動する。
それも脳みその持つ、偉大な力だと思います。
ボケたり(わたしのように)病的にものを忘れたりするのは、何かを失ったわけではなく、新しい能力を手に入れたってことなのかもしれないなあ、と考えるときがあります。
いつでもしあわせを感じられるように作られてるのかもしれません。
何度でも驚けるように。
ネット上で日本語入力ができません。
直接入力の半角文字は入力できるし、ワードなどには問題なく入力できるのですが(カーソルが飛んで行ったりしますから問題なく、というのは嘘ですが)、gmailや、このブログなどは一文字たりとも入力できません。
だからどうしても、という時にはワードに書いて、コピペして送信していました。
ところが今日、ちょっと調子がいいです。
今、直接入力しています。すごく久しぶりの感覚。
とても当たり前にしていたことなのに、できない時期が長いと、できたときにこんなに嬉しいのか、と思います。
なにごともそうですね。
わたしは長年ひどい生理痛に悩まされてきて、排卵後の高温期は高温すぎて37.5℃くらいになってしんどいし、月経一週間前から軽い腹痛が始まって、月経後2、3日経つまでロキソニン飲んでも前屈み、みたいな、今考えたら人間の生活じゃないよな、っていう日常を送っていました。
ところが7月に内膜症を一部残して取ってもらってからというもの、ほとんど痛みがなくなってびっくりしています。
生理中はさすがに多少仕事に差し障る程度の痛みがあるのですが、それも薬飲んだらまあ大丈夫だし、何より驚いたのは、前触れもなく出血することです。
あの、「さあ来るぞ、もう来るぞ」という痛みと不快感と微熱による長いイントロがなくなり、ボーカル先行でサビから始まる曲みたいな感じになりました。
けっこうびっくりする。
でも、考えてみれば中学、高校のころってそれが当たり前だったなあ。
脳みそはすぐに現状を「当たり前」化してしまって、実はモトに戻ってるだけなのに新鮮に感じたり、驚いたりできる。
よくできてるな、と思ったり、雑な作りだな、と思ったりします。
わたしは人より病的に忘れっぽいので、余計なのかもしれません。
そういえば、敬愛する水木大先生は最近、何度も行った場所でも「初めて来た!」と言って喜ぶそうですし、それが人生の幸福感につながっているそうです。
何度でも感動する。
それも脳みその持つ、偉大な力だと思います。
ボケたり(わたしのように)病的にものを忘れたりするのは、何かを失ったわけではなく、新しい能力を手に入れたってことなのかもしれないなあ、と考えるときがあります。
いつでもしあわせを感じられるように作られてるのかもしれません。
何度でも驚けるように。
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