今年から、娘の小学校のPTAパソコンサークルで講師をしています。
地域と仲のいい小学校で、会員はほとんどが地域の方。
わりとお年を召した方が多いです。
今日は、外に出てデジカメ撮影会をしました。
校庭の木で写真を撮る会員さん。
1年生が育てている朝顔。
撮ってきた写真のサイズを小さくする方法をやって、次回それを使ってカレンダーかなにかを作ります。
写真を選びながら会員さんたちは「ざくろがきれいね〜」「紫式部の色がいいね」などと、花の名前を当たり前のように呼んで話しています。
わたしは何もわかりません。
以前料亭にいた頃使っていた花だけはわかります。
テッセンとかトルコききょうとか、ミヤコワスレとか。
でもその辺りに咲いている花を見て、名前がわかるということがない。
そういえば、うちの母なんかも歩きながら「ボケの花がどうのこうの」言ってます。
わたしは花を活けるのが好きなのですが、なんせ花の名前を知らない。
せっかく四季のある国に住んでいて、こんなもったいないことはない、と思います。
それに、名前を知ってるというのは、身の回りに当たり前のように花があるということなんだろうと思うし、そういう生活のしかたがうらやましいと思いました。
わたしはこの場所の周囲のものたちに埋もれて生きているんだし、それを普段忘れ過ぎてるのではないかと。
近くにあるものごとにもっと目を向けて、自分の生活している場所をとても自然に理解できるようになりたいと、歴戦の京女(きょうおんな)たちを見ていて思ったのでした。


0 件のコメント:
コメントを投稿